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こんにちは、こーゆうと申します。 もっぱらのテレビっ子で仕事以外の時は常にテレビがスイッチオン!そんな私がエンタメに言いたい放題書いているブログです。

杉原千畝・リトアニア領事としてビザを発行し続けた男!「世界ふしぎ発見!」に登場。日本には記念館もあり!

   

皆様は「杉原千畝」という名前をご存知でしょうか?




巷ではあまり語られていませんが
実は第二次世界大戦時、
大変勇敢な行動を行った人物なんです!(◎_◎;)
その行動で数千の命が救われたとか



今週放送の「世界ふしぎ発見!」にも登場するみたいですね。



世界ふしぎ発見! ホームページ




ということで今回は
「杉原千畝氏」についていろいろ調べてみました。
まずは簡単なプロフィールからどうぞ。

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プロフィール紹介




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本名:杉原千畝(すぎはらちうね)

生年月日:1900年1月1日

死没:1986年7月31日(満86歳)

出身:岐阜県

職業:外務省職員、領事


さらに詳しくはこちらから(wiki)


杉原千畝記念館 ホームページ


ユダヤ人と杉原氏




当時世界は、
第二次世界大戦真っ只中。
中でもナチスが勢力を伸ばし
隣国に侵攻して来ていました。
(この時ユダヤ人迫害も行われていた)



そのため、
ナチスからの迫害を恐れた
ユダヤ人は亡命を求めて
リトアニアに流れ込んで来ました。




リトアニアには日本領事館があるため
日本経由の亡命を求めて多くのユダヤ人が押し寄せたようです。




その時、杉原千畝氏は
リトアニアの日本領事館で
領事を務めビザの発行や外交を行っていましたが、
その日は
領事館の前が出国ビザを求める人で
溢れかえり、
それは、黒い波のようであったと
語っています。




杉原氏は、
直ぐにビザを発行したいのですが、
これがどうも簡単にはいかず、、、



素直にビザを発行できない





当時日本はドイツ(当時のナチス)と
同盟を組んでおり、
協力関係を築いていました。



なので、
ここでユダヤ人に
ビザを発行してしまうと
ナチスが追っているユダヤ人を逃す手助けをすることになり、
同盟に亀裂が、、、




亀裂が入るというは
日本も敵とみなされる事態に
なりかねません。




さらに、
日本の上層部からも
上記の理由から
ビザの発行は認めないと
通達がきていました。




目の前に困っている人が大勢いるにも関わらず、
素直に手を差し伸べてやれない
このもどかしさ。
杉原氏の脳裏は混沌としていたと思います。




同盟に亀裂が入ってでも
目の前のユダヤ人を救うか、
国家のために任務を全うし
ビザ発行を拒否するか、




、、、そして遂に
杉原氏が答えを出しました。




ビザの発行を決意




発行することを決心しました。
ナチスに問題視されようが、
日本国家になんと言われようが
リトアニア領事館領事として
ビザを発行することを決めたようです。




目の前のユダヤ人を救いたい一心で
ビザの発行に取り掛かり、
1日300人を目標に
朝から晩まで黙々とペンを走らせました。




ビザを発行されたユダヤ人からは
歓喜の声が上がり、
時には杉原氏の足にキスするものまでいたそうです。




戦争の悪化で
リトアニア領事館から退去命令が出るまで、
杉原氏はビザ発行を続け、
結果約6000人ものユダヤ人にビザを発行することを達成!!
それは同時に
6000人の命を救った瞬間でした。





そして、時が流れ、、、
現在でも杉原千畝氏のことは
ユダヤ人の中で語られているそうですよ。




ちなみに、
杉原氏の処遇ですが、
やはり国家の命令に背いたということで、
外務省を辞職させられたみたいです。
でも、自分のした行動は間違ってなかったと
胸を張って言えるのではないでしょうかね!!
私は杉原氏を支持します( ̄^ ̄)ゞ


まとめ



「ナチスに問題視、日本国家から「否」と言われようが、
一領事として、ビザを発行し続け
6000人のユダヤ人を救った男」
これが、リトアニア領事館領事
「杉原千畝氏」の実態でしたm(_ _)m




人の命に国家など関係ない。
それを解らせてくれた
偉大な人物だったんですね。




「杉原千畝」という名前
これから一生忘れることはないと思います。
同じ日本人として、大変誇らしく思いますね。




では今回はこの辺でノシ
最後まで読んでいただきありがとうございました。




備考
画像はhttp://www.cocoro-skip.com/sp/jinbutsu/60030.html
より引用

 - 歴史上の人物