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こんにちは、こーゆうと申します。 もっぱらのテレビっ子で仕事以外の時は常にテレビがスイッチオン!そんな私がエンタメに言いたい放題書いているブログです。

アイヌ民族への敬意も忘れない! 北海道の名付け親「松浦武四郎」 「歴史ヒストリア」に登場!

   

北海道命名で有名!!
さらに北海道に関する書物も多数出版し(多くは静嘉堂文庫に貯蔵)
日本一の蝦夷通とも!!
そんな人物「松浦武四郎」が
NHK「歴史ヒストリア」に登場!!



「静嘉堂文庫美術館」 ホームページ


「歴史ヒストリア」 ホームページ



北海道の昔の呼び名は「蝦夷(えぞ)」
しかし現在では
「北海道(ほっかいどう)」という
呼び名に変わっています。




では、誰が命名して呼び名を変えたのか?
・・・・それがまさしくこのお方!
「松浦武四郎さん」だったのです。




当時ほとんど開墾されていなかった北海道の土地に何度も赴き、
開墾に尽力したみたいですねm(_ _)m





まさに地元愛!
素晴らしい!
・・・・・・と、
言いたいところなんですが
武四郎さん実は北海道出身ではないんですね!(◎_◎;)
では、なぜこれほどまでに
開墾されていなかった北海道に尽力してきたのか??





ということで今回は
この点も踏まえて
北海道の名付け親
「松浦武四郎さん」についていろいろ調べてみようと思います。
まずは簡単なプロフィールからどうぞ〜m(_ _)m


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プロフィール紹介





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本名:松浦武四郎(まつうらたけしろう)

生年月日:1818年〜1888年(満71歳没)

出身:三重県松阪市

職業:探検家、旅人、浮世絵師

自身の名所:松浦武四郎記念館



さらに詳しくはこちらから(wiki)


松浦武四郎記念館 ホームページ



蝦夷に赴いた経緯




プロフィールからもわかる通り
武四郎さんは三重県の出身。
三重県と北海道、
距離もなまら離れており
全く接点がないような気がしますが・・・・・




武四郎さんは
どのような経緯で
北海道(当時は蝦夷)の地に
たどり着いたのか?
それは、武四郎さんの探検心が関係しているようです。





元々、武四郎さんは
日本各地を旅することが好きで
東は江戸から西は九州まで
至る所を旅していました。
(旅が好きすぎて、父親に呼び戻されたこともあったそうですよ笑)




そして、
このような日々を
過ごしていたある日
蝦夷に向かう船の情報を掴みます。





しかし、当時の蝦夷はほぼ開拓されておらず、
普通の人にとっては全く魅力のない土地。
しかし、武四郎さんは
その土地に魅力を感じ
蝦夷に行くことを決意!!
船に乗って蝦夷を訪れることとなりました。




これが三重から北海道(蝦夷)に至った経緯ですが、
まさに、武四郎さんの探検心が生んだ巡り合わせだったんですね。
北海道命名の第一歩にはこのような経緯がありましたm(_ _)m



蝦夷の地に愛着を感じた武四郎さん





これがきっかけで蝦夷の地に
足を運んだ武四郎さん。




実は訪れたのは
この一回だけではなく
その後、
何度も蝦夷を訪れています!(◎_◎;)
(もちろん、政府命令ではなくプライベートで)




・山や川の調査

・動植物の調査

・未開拓の奥地まで探索




などなど
探検心の強い武四郎さんにとって
蝦夷の地は大変魅力的な土地
だったんでしょうね( ̄^ ̄)ゞ




そしてその中でも、
特に感銘を受けたのが



・現地の人(アイヌ民族)との交流



だったのではないでしょうかね。




「現地の人の温かみに触れ蝦夷を好きになり、その後何度も赴くようになった。」
ということではないでしょうか(・Д・)ノ





なので、
武四郎さんの蝦夷に関する書物には
自然環境の記述の他に
アイヌ民族の姿や生活実態などが事細かに説明されています!!





書物に残すほどですから
よほど愛着があったみたいですね!



蝦夷から北海道へ




そしてその後、
武四郎さんは北海道通として
名前が全国に響きわたることになります。




全国に広がったことで
幕府の耳にも入り、後に
幕府が行う蝦夷調査に参加する命を受けます。




幕府の命により、
蝦夷調査を開始。
以前より蝦夷に対する知識を持っていたので、
調査は武四郎さん中心に遂行
その結果、
武四郎さんはうなぎ登りで出世することになりました。





出世したことで役職が上がり
発言権も大きくなったところで、
ついに政府から
蝦夷に変わる他の名前を
付けることを言い渡されるのです。




このとき武四郎さんは
「北加伊道」
「海北道」
「日高見道」
「海島道」
「東北道」
「千島島」の6つを、
蝦夷に変わる新しい名前の候補として
政府に提案しました。




その結果、
一番目の「北加伊道」が選出!
後に「北海道」と漢字を変え
蝦夷に変わる新しい名前になったみたいです。





ちなみに「北加伊道」の「加伊」という漢字は「カイ」と読み、
現地アイヌ民族の間では
「土地」を表す言葉として用いるそうです。




候補の名前にこの文字を含ませるとは!(◎_◎;)
武四郎さんのアイヌ民族に対する
尊敬・敬意そして、愛着が感じられますねm(_ _)m




まとめいきます





「北海道の名付け親」
「幕末一の北海道通」
「アイヌ民族に感銘を受けた人物」
これが、松浦武四郎さんの大まかな実態でしたm(_ _)m





そして、
ここで述べられなかったことが
今週放送
NHK「歴史ヒストリア」で放送されます。



「歴史ヒストリア」 ホームページ




一体何が語られるのか?
ここでの内容を予備知識として
注目していきましょう!(◎_◎;)




では今回はこの辺でノシ
最後まで読んでいただきありがとうございましたm(_ _)m





備考
画像はhttp://www.kaze.cc/tayori/
tour/takesirou.htm
より引用

 - 歴史上の人物