2分以内で読めるが意外に役立つ情報チャンネル

こんにちは、こーゆうと申します。 もっぱらのテレビっ子で仕事以外の時は常にテレビがスイッチオン!そんな私がエンタメに言いたい放題書いているブログです。

実は記録係「太田牛一」のおかげ!! 信長が放った「本能寺の変」最期の言葉

   

信長の生涯を書き綴った男
「太田牛一」
NHKの歴史ヒストリアに登場!




突然ですが、
皆様は「太田牛一」という人物を
知っているでしょうか?





私は、調べてみるまで
どんな人なのか全くわかりませんでしたorz
その前に「牛一」をどう読むかも
わからなかったです💦





でも、今回「歴史ヒストリア」に
登場するということで
いろいろ調べてみたところ
面白いエピソードがざっくざくと
出てきました!(◎_◎;)




・あの有名な言葉も
・焼け落ちた城の内部が詳細に分かったのも
この方のおかげだそうです!!




ということで
今回は歴史上最も偉大な記録係
「太田牛一」についていろいろ調べてみましたm(_ _)m
まずは簡単なプロフィールからどうぞ〜

Sponsored Link



プロフィール紹介





20150616-234536.jpg

本名:太田牛一(おおたぎゅういち)

生年月日:1527年〜1613年(没87歳)

出身:尾張国春日井群(現在の名古屋市)

墓所:仏日寺(大阪府)

仕えた主君:織田信長・豊臣秀吉・柴田勝家など

著作:信長公記・太田和泉守記など


さらに詳しくはこちらから


歴史上ナンバーワンの記録係




数々の大物武将に仕えてきた「太田牛一」ですが、
他の家臣とは少し異なる部分があったそうです。




それが、
「仕えた主君に起こった出来事を
事細かにメモに残すこと!!」




例えば、信長時代の頃は
・大蛇退治のため池に飛び込む信長
・女踊りを披露する信長
などなど
信長のプライベートな一面まで
記録に残しています。
(女踊りする信長って!?
想像できないですね(´・Д・)」笑)





これは自身の著作「信長公記」
に記してあり、
その他にも
このような出来事が
多く綴られているみたいですよ( ̄^ ̄)ゞ


信長公記 概要はこちら(wiki)


信長公記 本文はこちら



そして、
この公記は全15巻から成り、
信長15年分の記録が記載されていますm(_ _)m




ちなみに「牛一」が信長に仕えた期間が15年なので
仕えた年から
信長について記録していったんですね!(◎_◎;)
流石は歴史上ナンバーワンの記録係
恐れ入りましたm(_ _)m笑


あの言葉が分かったのは牛一のおかげ!





これだけ信長について記録してきた「牛一」ですが
そのおかげで
信長の、ある有名な言葉が
分かったと言われています。
それが…………………






是非に及ばす」だったそうです。





この言葉は、
「天が決めたことなら仕方のないこと」
という意味で
信長が本能寺の変で放った
最期の言葉ですよね





この言葉が
牛一によって記録されており
現在まで語り継がれたと
言われています。




「信長公記」 本文




ちなみに
牛一は
この言葉を直接聞いたわけではなく
(本能寺の変発生時、
牛一は本能寺にいなかった)
後に「本能寺の変」の惨状を知る人を探し出し、
信長最期の言葉を聞き取ったそうです。
もし、この時牛一も本能寺にいたら
この言葉は現在に残ってなかったかもしれません




最期の言葉まで
人を探し出し
書き綴る…………
太田牛一は記録係の鏡ですねm(_ _)m




そして、
戦で全焼し今や形もない「安土城」
その内部が詳細に分かったのも
牛一の記録があったおかげだと言われています。



安土城 詳しくはこちら




お城の内部まで事細かに
記録するとは!?
記録係の域を超えてますね笑


まとめいきます




「歴史上最も偉大な記録係」
「信長を語らせたら右に出るものはいない!!」
などなど、
これが戦国の記録係「太田牛一」の
実態でしたm(_ _)m




「是非に及ばす」という言葉は
この方のおかげだったんですね〜
また一つ、
歴史の知識が増えたような気がします!(◎_◎;)




「太田牛一」という名前
ここ5年は忘れないでしょうな!
今週の歴史ヒストリアが楽しみです



「歴史ヒストリア」 ホームページ



では今回はこの辺でノシ
最後まで読んでいただきありがとうございましたm(_ _)m



備考
画像はhttp://books.rakuten.co.jp/
rb/12505163/
より引用

 - 歴史上の人物