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こんにちは、こーゆうと申します。 もっぱらのテレビっ子で仕事以外の時は常にテレビがスイッチオン!そんな私がエンタメに言いたい放題書いているブログです。

総資産は100兆円!?豪商「淀屋常安」驚きの商売術!!ざっくりと紹介

      2015/06/09

天下の大商人「淀屋常安」
NHK「先人たちの底力」に登場!





早速ですが、
皆様は「淀屋常安」という方をご存知でしょうか?
私は、テレビ欄を見るまで
読み方すらわからなかったです💦




でも、
調べてみると、
驚くべきサクセスストーリー!
そして、
ビックリするほどの資産を築き上げたことが
判明しました!!!(◎_◎;)




ということで
今回は天下の大商人
「淀屋常安」について
いろいろ且つざっくりと調べてみましたm(_ _)m
まずはプロフィールからどうぞ!


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プロフィール紹介


20150608-234519.jpg

名前:淀屋常安(よどやじょうあん)

生年月日:1560年と言われている

出身:山城国(現在の京都府)

職業:初期の頃は材木商 後半は、米取引の大商人

淀屋常安 さらに詳しく(wiki)


巨万の富を築き上げた軌跡





天下の大商人「淀屋常安」
商人の始めの頃は大阪で材木商を
営んでおりました。
(このときの経営は普通かそれ以上)




このままであれば
淀屋常安は「天下の大商人」とは
言われなかったはず!
でも、淀屋常安は
千載一遇のチャンスを掴んだんですね( ̄^ ̄)ゞ





そのチャンスが、
「大坂の役で徳川方に味方した」ことでした。
味方することで新たな商売を閃いた常安
・徳川軍の陣屋の設営に寄進
・徳川兵の酒や食料などの配給を一手に引き受ける
などなど、
奇抜な手法で徳川方に尽力したそうです。




大坂の役 詳しくはこちら




結果、
大坂の役では徳川軍が勝利!!
徳川家に味方した常安は
褒美として土地や金品など様々な
資本を受け取ることなります。
(ちなみにこのときもらった土地は
8万㎡を優に超え、現在で換算すると
東京ドーム約二個分に相当します)





さらに、
大坂の役後の
戦場整理(遺体の埋葬、備品の回収など)を申し出、
集めた鎧や刀などでさらに
多くの富を得たそうです。





徳川方に味方したことで
あれよあれよと
富が転がり込み
一気に大商人の仲間入り!!
人生どこにチャンスが転がっているか
わからないものですね( ̄^ ̄)ゞ



しかも、
常安のサクセスストーリーは
これだけでは終わりませんでした!(◎_◎;)


米相場を築く!!




まさに、見出しの通り
常安は徳川家の許可を得て
米相場を築くことになります。
(この時の徳川家との信頼関係は絶大)




諸国から集まってくる米を
自身の下に集め、
品質・数量に従って相場を
決めていったそうです!(◎_◎;)




これは、
全国の米を一手に引き受けたといっても過言ではなく
常安はここでも巨万の富を築き上げました。
この時点で総資産は
現在の相場で100兆円に達していたとか!?




お金って、
お金があるところに
集まるんですかね💦
まあ、でもそれだけ常安の手腕が
凄いってことですよね。
羨ましい限りですm(_ _)m


後日談…………





これだけの富を築いた常安ですが、
後に一文無しになってしまいます。
それは…………




5代目淀屋三郎右衛門の時
(常安は初代)
ぜいたくの限りが幕府の目にとまり
米商の免許を取り消された上、
資産・家財等も没収されてしまったから




常安の頃の
徳川家との信頼関係は
時の流れと共に
薄くなっていたみたいですね。




巨万の富の後には
何かしらオチが
ありましたm(_ _)m


まとめ




「徳川家との強い信頼関係」
「材木商からの成り上がりストーリー」
これが、淀屋常安のざっくりした実態でした!(◎_◎;)



そしてまた、
富は無くなってしまいましたが、
常安の名残は現在の日本に今なお残っており、
淀屋橋、常安橋はまさに「淀屋常安」が
ルーツになっています!(◎_◎;)



淀屋橋 詳しくはこちら


常安橋 詳しくはこちら



ともに大阪にあるみたいなので
機会があれば行ってみようかと思います笑
自分の名が橋の名前になるとは、
天晴れ!「淀屋常安」!!
では今回はこの辺でノシ
最後まで読んでいただきありがとうございましたm(_ _)m





備考
画像はhttp://dimora.jp/digital-program/67377-8208/4EBA/
より引用

 - 歴史上の人物