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こんにちは、こーゆうと申します。 もっぱらのテレビっ子で仕事以外の時は常にテレビがスイッチオン!そんな私がエンタメに言いたい放題書いているブログです。

日本三大悪女の一人「日野富子」 やってきた所業がヤバすぎる

      2015/02/18

今週放送の「今夜はヒストリー」で
足利義政の正室「日野富子」が紹介されます。




知っている方もいるしれませんが、この日野富子という人「日本三大悪女」と呼ばれるほど悪女っぷりが半端じゃなく、
「幕府を影で操ったり」「巨万の富を独占したり」と自己中心的なことを行い続けてきたそうです。




なので今回は
日本三大悪女「日野富子」の悪女伝説をざっくり紹介したいと思います。
まずはプロフィールからどうぞ




プロフィール紹介


本名:日野富子(ひのとみこ)

年齢:1440〜1496年 (57歳没)

配偶者:室町幕府8代将軍「足利義政」(正室)、 息子「義尚」


プロフィールはこんな感じです。
てか、500年前の人のプロフィールを書くって変な感じですね笑
………では!いよいよ「日野富子悪女伝説」を見ていきますね( ´Д`)y━・~~
(ざっくり紹介していくので内容が違ってたらすみませんm(_ _)m


子供が死産したのはあんたのせい



日野富子16歳のとき、義政との間に第一子を出産します。しかし残念なことに赤ちゃんはその日のうちに亡くなってしまったそうです。



通常であれば、悲しみにくれるのが普通のような気がしますが…………
富子は違いました(-.-)y-.”, o O



子供が死産したのは「乳母や側室のせいよ!」と言い張り、その者達を島流し・追放にしたそうです。




とても10代の考えることではないですよね。なにがあったんだ富子よ!!(◎_◎;)
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息子を将軍にするためなら乱もおこすわよ




学校の教科書にも出てくる「応仁の乱」実は、富子が結構な割合で関わっていたようです。



応仁の乱は8代将軍義政の後継者を、
義政の弟「義視(よしみ)」か、義政と富子の息子「義尚(よしなお)」のどちらにするかが争われた戦でした。

(まあ、その他にも様々なお家騒動が原因としてあったみたいですがそこは……割愛しますヽ( ̄д ̄;)ノ=3=3=3
数3・C並みにややこしいので)



結果は、息子の「義尚」が将軍になったわけですが………………
息子を将軍にしたいがために周りを巻き込み乱まで起こすとは、どうしちまったんだ富子よ!(◎_◎;)



そして、さらに乱真っ最中の富子の行動が悪女に拍車をかけました!


金になれば敵・味方関係ないわ〜



応仁の乱の最中、富子はあろうことか、敵・味方関係なく米や金を貸しまくり、財政難で困っていたこの時代一人巨万の富を築いたのでした。




しかも、このお金を幕府や民のために使うことは一切なく自分の懐に溜めっぱなし、さらに、天皇の住まいを修理するために庶民から徴収した関税も一人で溜め込む始末、その資産は何十億にのぼったそうです。



もう、「銭ゲバ」「守銭奴」以外に言葉が出てきません…………


次は甥っ子を将軍にするわよ



息子を将軍にしたのになんで?と思うかもしれませんが、息子の「義尚」は25歳の若さで亡くなってしまいました。原因は諸説あり、一説では酒に入り浸ったためと言われています。



息子の死によって地位が陥落することを恐れた富子は次の将軍候補として、義視の息子「義稙」を選び、見事将軍に就任させます。(義稙は甥っ子にあたるので富子の地位は保たれました。)




てか義視って、かつて息子「義尚」と後継者争いで競い合った人ですよね!(◎_◎;)言わば敵対する仲…
にも関わらずその息子を将軍に就任させるとは、もはや地位が保てればなんでもよかったんですね(´・Д・)」



まとめ



まとめというか、もう日本一と言っても過言ではない悪女っぷりでしたね。



地位のために近い身内を将軍に就任させ、庶民からかき集めた金はほとんど自分の懐のなかに(何に使うわけでもなくただ溜めっぱなし)
でも、良く言えば「超倹約家」と言えないこともないかと…………



日野富子ファンの方がいたらすみませんm(_ _)m私には良いところがあまり見つけられませんでした。




最後まで読んで頂きありがとうございました。

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